奈良の鹿にさそわれて1300年の歴史ある春日大社を参拝

東海道新幹線京都駅からJR奈良線へのアクセス

1、東海道新幹線8号車12号車辺りから階段で降りる。
2、JR奈良線への乗り換え口が近くにあり乗り換え口を出る。
  (JR線奈良行の切符を持っていること)
3、乗り換え口から出てすぐエレベーター(しかない)で下りる。
3、JR奈良行 8番ホームに直結。
4、みやこ路快速を待つ(ボタン式ドアになっている)
この間、数分です。
新幹線到着後20分ほどの余裕がありましたが数分で奈良行きホームに到着。

古都、京都奈良を結ぶみやこ路(Miyakoji Rapid)快速

令和になってあらためて注目された古都奈良、その旅です。
文字通りの都路を結ぶ快速電車、みやこ路快速は約50分で両市を結んでいます。
この線は京都の市街地を眼下に走っています。
お茶で有名な宇治辺りで車窓から「福寿園」の建物が見えてきました。
アジア系に加えヨーロッパからの海外観光客も多い。
奈良へ向かう様子の海外からの観光客、車内で「Nara,Nara」と話しているのが聞こえます。

奈良駅から春日大社へはバス

奈良駅から「春日大社本殿」行きと「東大寺大仏殿、春日大社前」行き バスが あります。
「春日大社本殿」行き は本殿近くまで行きますが「 東大寺大仏殿、春日大社前 」でも行けます。後者のバスで行くと歩く距離が少し長くなります。
 
私は「東大寺大仏殿、春日大社前 行き」 バスに乗って行きましたが、このバスで降りた人ほとんどが東大寺方面に歩いていきました。
バスの運転手さんが「春日大社へ行く人はバスを降りて前方へ、東大寺へ行く人は後方へ歩いてください」と親切にマイクで知らせてくれるので道に迷うことはありません。
春日大社前で降りて長い参道をゆっくり歩きます。

鹿にさそわれて春日大社へ

「牛にひかれて善光寺参り」という言葉がありますが、ここ奈良では鹿にさそわれて春日大社参りとなりました。
参道から本殿へは10分ほど歩くと言われていましたが、鹿と戯れながら、そして写真を撮りながら歩いていたら随分時間を取りました。

春日大社を訪れて驚いたのは外国人観光客が多いこと!
鹿をおもちゃにしないことを注意しなければなりません。

鹿は自分の立ち位置を知っているようです。
鹿せんべいを持っていない人には、それほど愛想はよくありません。
鹿とは付かず離れずの距離感がいいです。
「鹿のお辞儀」を目当てにする人に鹿は「おせんべいを早くよこせ!」という意味でお辞儀をするそうですよ。
神のつかいの鹿をおもちゃ代わりにしないほうがいいと感じました。

四柱の偉大な神様が祭られています。

春日大社 本殿(国宝)

樹齢1000年の大杉と林檎の庭

Cedar Tree(about 1000 years old)
It is believed that deities reside in a tree,so the tree remains uncut,and is growing through a roof.
Ringo-no-niwa Garden
The name is after an apple tree planted by the emperor in the 12th century.This garden is a
sacred place for dedicating Shinto ritual dance and music.
(quoted from Kasugataisha)

春日大社の由来

今から千三百年前程前、平城京鎮護のため、国譲りを達成された最強の武神である武甕槌命様(たけみかづちのみこと)(鹿島)を神山三蓋山に奉遷したのが始まりです。
The Origin of Kasugataisha
Kasugataisya’s origin dates back more than 1,300 years,when Takemikazuchi-no-mikoto,powerful deity,was invited to the sacred Mt.Mikasa behind Kasugataisha after the establishment of nation’s first capital in Nara.

春日大社案内より抜粋

1000年の大樹に神が宿る

八百万(やおよろず)の神々が宿るとされる日本、自然崇拝は神代の昔からのことです。

万葉植物園が春日大社神苑にあります

表参道を引き返してくると途中に万葉植物園があります。
この時期9月はシーズオフのため花を見ることは出来ませんでしたが、万葉集に出てくる300種類の草、木、花の説明や歌碑が見られます。

500円の入場券が要ります。
老巨木、臥竜のイチイガシが歴史を物語っています。
風害で倒れかかった樹が龍のように臥すようにして伸びている様のイチイガシ。

パワースポット仁和寺Ninnaji

御室御所と呼ばれる所以

888年に創建されたという仁和寺は宇多天皇が出家し法王となりこの仁和寺で暮らしたことからもう一つの御所と呼ばれています。
金堂は現存する最古の宮殿建築。

仁和寺の仁王門(重要文化財)

バスから降りると仁王門がデンと仁王立ち!

そこには大迫力の金剛力士像が立っているので、まずはここで邪念を払って中に入る。

仁和寺中門(重要文化財)

玉砂利を踏んで中門へ向かう。参道は浄心の参道


玉砂利の音が静かに響く。先に見えるのが中門。

仁和寺金堂(国宝)

阿弥陀三尊像をお祀りする建物は京都御所の紫宸殿(御所で最も格式の高い建物)を移築した国宝。

仁和寺にも右近の橘、左近の桜があります。

金堂(国宝)
宮殿建築を伝える貴重な建築物ということです。

御影堂(重要文化財)

勝負運、金運アップのご利益があるそうでパワースポットのひとつ。

石灯篭に弘法大師の名前が刻まれているように、ここは真言宗御室派総本山です。

石灯篭に弘法大師の名が刻まれています。

仁和寺五重塔(重要文化財)

五重塔は現在修繕中ということで遠くからパチリと写すのみ。
桜も十分に開いておらず、この時は花曇り。

仁和寺の桜はぽっちゃりの八重桜

御室桜を代表する仁和寺の桜は御室有明という種類は3mくらいの背丈の低い桜。
樹齢300年にもなる桜の特徴は土にあるという。
粘土層なので根が奥深く迄伸びないため低い桜になるという。

清水の桜が終わると御室の桜が咲くという。
東の清水、西の御室と言われます。

仁和寺 鐘楼(重要文化財)

しだれ桜がきれいに咲いている。

桜ではなく、観音堂ではつつじがきれいに咲いていました。

仁和寺へのアクセス

京都博物館で、北野天満宮、信仰と名宝展を見てから、仁和寺へ向かう。
北野天満宮の菅原道真が仁和寺の宇多天皇と接点があることを北野天満宮の展示から知りました。

四条烏丸通り「26番」から乗車。

「万葉集注釈」を所蔵していて、霊宝館にそれはあり、期間限定で公開されている。
ちょうど「梅花」の歌あたりが展示されているというので目を凝らして見る。
館内は撮影禁止です! 役を買っています。

世界遺産 金閣寺拝観料と引き換えにお札がもらえます

世界遺産 金閣寺は修学旅行コースですが、きんきらきんの金閣寺は
外国からのお客様も多く行くたびに新しい発見があります。

アクセス

京都駅から市バスで金閣寺方面の102か204バスに乗れば行けます。

一日バスのフリーパスは500円ですからあちこち行きたい人にはお得です。
京都駅出て右手のバス案内所で販売しています。

拝観料

400円でお札がもらえます。(2016年現在)

2016/ 4/17 13:35
2016/ 4/17 13:35

五戒
五用心に書いてある内容です。
1、生命あるものを殊更に殺さざるべし
2、与へられざるものを手にするものを手にすることなかるべし
3、道ならざる愛欲をおかすことなかるべし
4、いつわりの言葉を口にすることなかるべし
5、酒におぼれてなりはひを怠ることなかるべし

2016/ 4/10 14:32

2016/ 4/10 14:32

鎌倉時代に西園寺家の別荘だったのを足利義光が気に入り西園寺家から
譲り受け、山荘「北山殿」を造りました。

庭園は極楽浄土を現したと言われています。

2016/ 4/10 14:40
2016/ 4/10 14:40

本当に輝くほどの金箔の舎利殿です。

2016/ 4/10 14:45
2016/ 4/10 14:45

金閣寺を背にして階段を上っていくと左手に金閣寺垣があります。

2016/ 4/10 14:51
2016/ 4/10 14:51

2016/ 4/10 14:52
2016/ 4/10 14:52

白蛇の塚
説明は以下のように書かれています。
==========================

白蛇は弁才天使なり

弁財天は智慧弁舌芸能福徳を
与える神で家運を盛んにしてくれます。
ここは繁栄を極めた西園寺家の旧跡です

鹿苑禅寺

==========================

2016/ 4/10 14:53

2016/ 4/10 14:53

小高いところから金閣寺を見ます。桜が主役になってしまいました。

2016/ 4/10 14:55

2016/ 4/10 14:55

出口辺りに一服する茶屋があります。

2016/ 4/10 15:01
2016/ 4/10 15:01

歴史的な大政奉還の場所 二条城は世界遺産 うぐいす張り廊下

.元離宮 二条城へのアクセス

世界遺産 京都二条城へのアクセスです。

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二条城入城時間は8時45分~午後4時

休城日 12月26日~1月4日まで

城内には、カフェがあるので人休みができます。

夏の暑いときには抹茶ずくしの飲み物と抹茶入りかき氷

・二条城の歴史

京都を訪れたら世界遺産 二条城を見てましょう。

徳川家康が御所の守護と将軍上洛の際の宿泊所として建てた城

江戸幕府最後の15代将軍慶喜が大政奉還した場所がこの二条城。
1867年(慶応3年)15代将軍慶喜の大政奉還により、二条城は朝廷のものとなった。
その後京都に下賜され、1994年にユネスコの世界遺産に登録されました。

城内は撮影禁止になっているのでマナーは守りましょう。

城内を見て回ると昔の情景が蘇ってくるようです。

・二条城の鶯貼り

御殿の廊下はうぐいす張りになっているのでキコキコと音がします。

将軍と大名たちが対面する大広間にはサムライ人形がおかれ再現されている。
部屋の屏風絵がどれもすばらしく、障壁画「松鷹図」は強大な松と勇壮な鷹が描かれています。

二の丸御殿の武家屋敷風書院作りは代表的な作りだそうです。

国宝 二の丸御殿は遠侍、式台、大広間、黒書院、白書院と奥に繋がっています。

2016/ 4/10 12:13

2016/ 4/10 12:14

春爛漫 さくら、椿、さつきなどの花

この時期の花は、桜、椿、五月がきれいです。桜はそめいよしの、やまざくら、しだれざくら、さとざくら、がそれぞれ満開や花吹雪や五分咲きだったりします。

2016/ 4/10 13:28
2016/ 4/10 13:28

この二条城内では撮影禁止です。入り口で職員さんが「no,picture」と
声を嗄らして伝えています。庭園など外は撮影できます。

2016/ 4/10 13:30
2016/ 4/10 13:30

天竜寺の冬  嵐山を借景にした庭園、曹源池

世界遺産 天竜寺を訪ねてみました。
京都駅からは嵯峨野嵐山線に乗るのが早いと言われて嵐山まで。

結構早く着くものです。こんなに便利とは知らなかった。

2016/ 1/10 12:59

天竜寺は臨済宗天竜寺派大本山。

2016/ 1/10 13:16

 

2016/ 1/10 13:27

伊勢生まれの夢窓礎石が足利尊氏に請われて1339年に開山。
夢窓礎石作の曹源池庭園は嵐山と亀山を借景にしていることで有名。
夢窓礎石は夢窓国師とも呼ばれています。

京都の嵯峨に位置していて広大な敷地に借景の庭がすばらしい。
冬なので曹源池を囲む木々は常緑樹の色だけ。
観光客が多く若いカップルも多いのですが、みな静かに庭を眺めています。
2016/ 1/10 13:08 2016/ 

2016/ 1/10 13:36

庭園には木瓜の花やセンリョウが実を付けていました。

2016/ 1/10 14:08

 

2016/ 1/10 13:59

屋根の瓦にもひとつづつ工夫が凝らしてあります。
桃や波の形の瓦が目に付いたのでカメラを向けてみました。

2016/ 1/10 13:42

加山又造氏の龍の図はカメラに庭が反射して龍の姿が池から出てきたように
写ってしまいました。

2016/ 1/10 13:22 

廊下をぐるっと回ると「方丈」の説明がありました。

2016/ 1/10 13:25

 

2016/ 1/10 13:28

 

2016/ 1/10 13:28

部屋の床の間には達磨の掛け軸が掛かっていて観光客を出迎えて?くれているよう。

2016/ 1/10 13:35

莫妄想(まくもうぞう)妄想すること無かれ、余分なことを考えるな、という説明が付いています。

2016/ 1/10 13:35

世界遺産 富岡製糸場 女工の活躍とやる気システムの導入 

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当時、近代化を実現した富岡製糸場の世界の流通にも貢献していたと
われています。

その証拠にアメリカ、オハイオ州クリーブランドに140年前の絹のドレス
「トミオカシルク」が展示されているそうです。

そしてアメリカの女性のライフスタイルを変えたのが生糸が使われた高品質の
ストッキング技術でした。

【フランスの技術を導入】
国の意気込みでフランスから10人以上の技術者を招聘し最高技術を導入し
大量生産を可能にしました。
フランス人の技術者のための建物や、病気になったときのための医療施設まで
完備されていました。
敷地内のあちらこちらににそういう建物が残っています。

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レンガの積み方にもフランス式が現れています。

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工女の活躍
当時10代の工女、188人が全国から集められました。

かいこ⇒繭⇒お湯でほぐして糸を引く⇒糸を巻き込む作業が女工の仕事でした。

やる気を引き出すシステムを導入、一等、二等、三等、等外(新人)と
分けられ生糸を取れる量で昇進が決まったそうです。
女性に来てもらうにはお手本となる人が必要だということで良家の娘に
来てもらい仕事を覚えた後は指導者として活躍したとのこと。

労働時間は8時間以内と決められ休憩は3回、夏休みも冬休みもあったそうです。

そのお蔭で明治42年世界一の生糸輸出国になりました。

時代の変化とともに昭和62年製造中止を余儀なくされました。

その間、大切に保存していたお蔭で世界遺産登録に決まったのです。

5月16日は松尾芭蕉「奥の細道」旅の日 金色堂

新暦の今日5月16日(陰暦元禄2年3月27日1689年)に松尾芭蕉が「奥の細道」に
旅だった日だそうです。(日本旅のペンクラブより引用)

光輝く「金色堂」を目にして詠んだ句が

「五月雨の 降残してや 光堂」

荘厳な金色堂は今も昔も人の心を打つ堂です。

芭蕉46歳。

当時(陰暦3月)出立の時季は江戸では桜が咲いていたころです。

富士山がかすかに見える場所を後にして旅立つ気分は、不安もあったことでしょう。

芭蕉の気分になって平泉を訪れてみるのもいいものです。

世界遺産 合掌造り「白川郷」、飛騨高山

sirakawago

【白川郷】
1995年に世界文化遺産に登録された合掌造り「白川郷」、
茅葺きが雨漏りを防いでいるのは表面張力のお蔭で雨水が
茅に沿って流れ落ちていく仕組みになっているようです。

暖炉の煙は上に抜けていくよう天井裏がすのこ状になっており
その煙と熱とで屋根裏を温め、茅を乾燥させるのだそうです。

温めることによって屋根を守ることができるというわけです。

これは先人たちが経験と知恵から造り上げてきたもの、
囲炉裏あっての茅葺きの家、合掌造りです。
白川郷では囲炉裏を囲みながら団欒できる宿泊施設があります。

ちょっと足を伸ばして飛騨高山でも楽しむことができます。

美味しい飛騨牛はここの名産です。

白川郷へは名古屋駅からバスで約三時間かかります。

1月から2月にかけてライトアップされる日があります。
その日に合わせて旅をするのも方法ですね。

【神岡の鉱山】
ノーベル賞受賞に繋がった「スーパーカミオカンデ」は地区の坑道の
地下空間での観測場所になっていたそうです。

和食を代表する種麹菌、アスペルギルスオリゼのなぞ

日本人が作りだしたAspergillus oryzaeアスペルギルスオリゼ、米麹菌

オリゼ(麹)

世界中に日本しかない微生物、麹についてあらためて知ることが多くあります。

麹(こうじ)、オリゼは世界中で日本にしかないとのことです。

自然界に存在しなかった微生物をどのようにして作ったのか・・・・・

そしてそれはなぜ?

日本人が作り出したものだからです。

6ミクロンという極小の麹が和食の味を作り出しているのです。

醤油屋では「きれいな花を咲かせましょう」と唱えながら麹菌を蒔いていました。

昔話にあるように「花さか爺さん」は生活の中に生きているのです。
あの花咲爺さんのように麹菌を蒔くのです。

蒔いてから三日後に花が咲く(麹菌が一面に広がる)のです。

それを花が咲くと例えています。

麹屋

800年前に生まれた世界最古と言われるバイオビジネスの「麹や」は全国で
10件ほどになってしまったということです。

オリゼはコメが好物なのでコメに麹菌が付き酒が出来、その後大豆にも使い醤油が作られるようになったということです。

オリゼを絶やさないように培養する技術を麹屋さんは持っています。

オリゼ(麹)の一つの細胞の中には多いもので10個もの核があります。

これは働き者で安定感があるということです。

麹の歴史

椿を燃やした後の灰から生まれたと言われる麹、その灰をご飯にかけると
緑色のカビが発生=麹菌することを発見する(室町時代)

灰を使うことにより殺菌作用があることでもわかります。

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人々がその椿に目をつけ室町時代には灰を使って麹を育てていたという。

オリゼによって吹き込まれた命が育ちますようにと願いながら酒つくりや
醤油作りをしてきました。

長い間に良い胞子、強い胞子を人々が選び取ってきたという歴史があります。

麹への長い道のり

生まれながらにして核を持つ胞子が現れたのですがDNAの配列は違いが
ないのだが毒素を作るフラブスという胞子があったが麹には毒素を作る配列が
ないことがわかった。

長い間に毒性を作るDNAを捨てるものが出てきて今の麹菌に変わってきたということです。

味を決める麹=オリゼによって私達は酒、醤油、みりん、だしを味わうことが
できるようになりました。

 

岩手県平泉 奥州藤原氏の栄枯盛衰 中尊寺本堂 金色堂

東北に築いた浄土の世界

平泉に向かう途中、車窓から見える瓦葺き屋根はどの家も美しく見て取れます。

平泉駅は小さな駅ですが通りが整備されています。

これから藤原三代が願った「浄土」のバス旅に出かけます。

では、出発!

世界文化遺産巡りのバスに乗ると目的地までらくちんです。

数百円のバス代で価値ある説明が聞けますよ。

さて、

東北の岩手県平泉が世界文化遺産登録されたのは2011年のことです。
平安時代末期に約100年、東北の地に浄土庭園、仏教文化の華を
咲かせていました。

毛越寺の庭園は当時辺境の地であった東北からは想像が出来ないほど
落ち着いた庭園が残されています。

仏教世界の浄土を地上に表した浄土庭園、大泉が池を中心とする
浄土庭園と伽藍の遺構が当時を忍ばせています。

北の地で築かれた貴族社会の一端をうかがい知ることができます。

金色堂へ行く前に中尊寺本堂を通ります

そしてその奥が金色堂への道になっています。

中尊寺金色堂は奥州藤原氏の栄華の象徴であったことが伺えます。

文字通りの金色の霊廟です。「黄金の国ジパンング」ここにあり!

見事に金色に輝く霊廟です。

ここに栄枯盛衰の時代を読み取ることができます。

奥の細道の旅に出た芭蕉が金色堂で詠んだ句、
五月雨や 降残してや 光堂

平安時代の奥州藤原氏の栄華、鎌倉時代に源頼朝が弟の義経を
追った歴史、江戸時代の伊達藩による保護、明治時代の修理、
昭和時代に国宝第一号に指定とそれぞれの時代の一端が見えてきます。