岩手県平泉 奥州藤原氏の栄枯盛衰 中尊寺本堂 金色堂

東北に築いた浄土の世界

平泉に向かう途中、車窓から見える瓦葺き屋根はどの家も美しく見て取れます。

平泉駅は小さな駅ですが通りが整備されています。

これから藤原三代が願った「浄土」のバス旅に出かけます。

では、出発!

世界文化遺産巡りのバスに乗ると目的地までらくちんです。

数百円のバス代で価値ある説明が聞けますよ。

さて、

東北の岩手県平泉が世界文化遺産登録されたのは2011年のことです。
平安時代末期に約100年、東北の地に浄土庭園、仏教文化の華を咲かせていました。

毛越寺の庭園は当時辺境の地であった東北からは想像が出来ないほど落ち着いた
庭園が残されています。

仏教世界の浄土を地上に表した浄土庭園、大泉が池を中心とする浄土庭園と
伽藍の遺構が当時を忍ばせています。

北の地で築かれた貴族社会の一端をうかがい知ることができます。

金色堂へ行く前に中尊寺本堂を通ります

そしてその奥が金色堂への道になっています。

中尊寺金色堂は奥州藤原氏の栄華の象徴であったことが伺えます。

文字通りの金色の霊廟です。「黄金の国ジパンング」ここにあり!

見事に金色に輝く霊廟です。

ここに栄枯盛衰の時代を読み取ることができます。

奥の細道の旅に出た芭蕉が金色堂で詠んだ句、「五月雨や 降残してや 光堂

平安時代の奥州藤原氏の栄華、鎌倉時代に源頼朝が弟の義経を追った歴史、
江戸時代の伊達藩による保護、明治時代の修理、昭和時代に国宝第一号に指定と
それぞれの時代の一端が見えてきます。

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